TOPに戻る
前のページ  次のページ

2

――K市付近の山中の湖から死体のようなものが浮かび上がってきたと山のゴミ拾いをする近隣住民から通報があった。死体を回収し、身元特定のために湖を捜索すると湖のそこからもう一体死体が出てきたので刑事課は総動員で捜査に当たる。
上司である西尾警部からの電話の内容は凡そこのようなものであった。

吉川はタクシーの中で西尾の話を思い出しながら、いくつかの引っかかりを感じていた。
――「死体のようなもの」とはなんだろう。死体には見えなかったと言う事だろうか。それに湖の底に沈んでいた2体目の遺体。たまたま自殺した場所が同じという可能性も無いではないが……。

吉川はいわゆる「きな臭さ」を嗅ぎ取った自分が血の匂いに酔った獣の様に興奮しているのに気付き、自分の不謹慎さを自省すると共にまだこのような感情が己の中に残っていた事を少し喜んだ。

気付けばタクシーは山道近くのマンションの駐車場に来ていた。山道には車は入れず、自動車を停められるのは此処しかないと言う事で警察の車が集まっていた。運転手も唯ならぬ空気を感じ取った様子で野次馬根性をむき出しにして吉川に話しかけてきたが、適当にあしらって金を払って降りた。

現場までは少し歩くと聞いていたが、ハイキングコースから百メートルほど外れた湖までスーツと革靴で歩くのは少々堪えた。山の中は噎せ返るような夏の陽射しを聳え立つ木々で遮り、都会の喧騒を蝉の鳴き声で掻き消して、下界と完全に隔離されていた。整備された山道を外れ、地元の者しか歩かない獣道に入って行くと益々木々は鬱蒼として深く湿っぽい匂いが立ち込めている。

夏真っ盛りだというのに辺りは涼しく感じられた。悪路を歩いていても汗ばむ事もなく、むしろ辺りの湿気が肌に染み込むような気がした。うだるような暑さから解放されたにも関わらず、この涼しさは決して心地よくはなく、むしろ孤独すら感じさせるような薄ら寒さを覚えた。蝉の鳴き声ばかりが響き渡るこの深く寒い山の中で自分が感じている孤独を、湖の底に沈んでいた「誰か」もやはり感じていたのだろうか――。
sage
前のページ  次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system