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真昼間でも暗い木々の間から光が見え、開けた土地に近づいている事が分かった。事件の始まりに胸を高鳴らせていた先程とは打って変わって、吉川はこの山が漂わせている孤独感から解放される事にただ安心していた。

現場は山中にぽっかりと小さな穴が空いたように広がっていた。湖の周りは10メートルほど木を切り開いてあるようで、ここが近隣の用水として使われており、水源管理のための定期的な掃除が行われているからだと後で同僚が教えて呉れた。

「おう吉川!遅かったじゃないか。どうだ久しぶりの休日は。ゆっくり眠れたろう」
十人程の警察関係者が草地に集まっており、その中の一人が吉川の姿を目敏く見付け、大声で彼を呼んだ。
「はあ、まあおかげさまで」
吉川は自分の目の前で意地の悪い笑みを浮かべる小男、平野警部の事がどうにも好きになれなかった。本庁からの出向でやってくるエリート、という触れ込みの通りなのはエリート特有の高慢な態度くらいのもので、指揮能力も事務能力も彼の自尊心には見合っていない様に思えた。下の者に威張り散らし、上に胡麻を摺るしか能のない役立たず――これが吉川を含める平野警部の部下達の平野警部評であった。
「さあ、休日は終わりだ吉川。いつまでも寝ぼけている場合じゃないぞ!」
部下に気合を入れているつもりの平野の大声は、誰に届くでもなくふわふわと湖の上を漂って、木々の間に飲み込まれていった。

「それで、仏さんはどこですかね」
朝の慌ただしさの中で剃り忘れた顎髭を撫でながら吉川は上司を見下ろした。百八十センチをゆうに超える吉川が百六十センチそこそこの平野を見ようとすれば必然的にそうなるのだが、平野にはそれが気に入らないらしく、吉川を睨み付けた。
「見えないのかね。湖のすぐ近くにダイバーや先生が居るだろう」
指差す先を見れば、なるほど潜水服の男が数人とスーツ姿が二人、そして、アロハシャツ。真っ赤なアロハシャツが薄暗い山の中で強烈な不協和音を奏でていた。
sage
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