TOPに戻る
前のページ  次のページ

8

シャッターの音は随分と長く続き、安っぽい電子音に耳が痛くなってきた頃ようやく桐原がデジタルカメラから目を離した。
「こんなもんかな」
満足したように一つ大きく息を吐き、カメラをバッグに放り込む。いそいそと遺体にビニールシートを被せようとしているところに吉川が声をかけた。
「それで、その遺体については死因だの身元だののご高説はないんでしょうか。まさかあんだけ嬉しそうに写真撮っといてさっぱり分かりません、なんてことは言いませんよね」
吉川の険のある言葉に桐原は苦笑しながら頭を掻く。
「あー、あはは。ぼくも随分嫌われちゃったもんですねえ。ぶっちゃけここまで死蠟化が進んじゃうと、溺死か窒息かみたいな細かいことは分かんないんですよね。持って帰ってサバけば多分わかりますが。身元は一応クレジットカードが出てきたんで分かりますけど……」
そう言って桐原は傍らのビニール袋に包まれたカードを放り投げた。

「RENA KISHIMOTOねえ……」
最近流行のベンチャー企業のロゴが入ったカードの表面のアルファベットの浮彫を眺める。有効期限は再来年の六月。長らく水に浸かっていたようだが、裏面のマジックペンの署名はところどころのかすれがあるのみで『岸本玲奈』の文字が何とか判読できた。
「そのカード見ればわかりますけどまあおそらく去年にはもう死んでたでしょうね。九割方こっちの死蠟の方の持ち物でしょう。わりと金遣いは荒いタイプみたいですね。あと、左利き」
慌てて顔を上げる。赤い監察医は遺体を包み終えていた。
「……一からご説明願えますか」
吉川の言葉に少し驚いたような顔をして、それから桐原は慌てたような顔をした。
「ん?ああ、すみません。たまに説明をすっ飛ばすことがありまして……。ええと、そのカード、有名な会社のやつなんですけどそのデザインのやつはICチップの不具合が見つかって去年一斉リコールされてるんですよ。そんで腐ってる方の遺体は流石に一年も経ってなさそうなんでこっちかなと。それから、カードの読み込むとこありますよね。そこにたくさん傷がついてるんで頻繁に使ってたんでしょう。クレジットで借金持ってた可能性もありますね。あとは裏面の署名ですね。右から左に引っ張ったような線があります。どうですか?こんなもんで許していただけます?」
さらりと言い終えた桐原はにっこりと微笑んだ。吉川と大西は、今までで十分すぎるほど驚かされていたにも関わらず、またこのアロハシャツの変人に驚かされたことを悔しく思った。
sage
前のページ  次のページ
TOPに戻る
inserted by FC2 system